「糸巻き」に汚染された人間が浄化されていく様


by SONZUKA
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最後の山場であるTOEFL受験をトイレを我慢しながら何とか終了させ(…)、こちらでの予定は全て終了、いよいよVancouverもあと残すところ1.5日となった。さすがに3ヶ月住んだVancouverについて何も書かないというのは不自然なので少し書いてみたい。

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こちらに来た当初は、日本と全く違う環境にいたく感銘を受け、こういう環境で生活できればさぞかし幸せだろうな、移住したいな、などと単純に考えたものだが、私にとってVancouverはやはり退屈であった。カナダでは国内第三位の大都市だとはいうものの人口200万人ちょっとの規模であり、いわゆるシティーライフを満喫するには小さすぎるのだろう。New York City、London、Parisと旅行した後だからなおさら退屈に感じるのかもしれない。

確かに街は美しい。English Bayから見た夕景やStanley Parkから望むNorth Vancouverなどは本当に美しかった。また、2010年に開催される冬季五輪の影響か、街は建設ラッシュ、新しいマンションやホテルなどが忙しく建設されている。

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ただ所詮(笑)200万都市であり、Winter Sportsに縁のない私には退屈極まりない。ただ退屈だ退屈だと書いても仕方の無いので、今特に感じることを備忘録的に。

①カナダ西部のBritish Columbia州最大の都市であるのだが、ビジネスマンのスーツ着用率が低いからか、Businessの匂いが極めて薄い街である。Activeに働いている(いそうな)所謂ビジネスマンを殆ど(全く)目にしない。私が通った学校はビジネス街の真ん中にあるとのことだが、ビジネスマン特有の緊張感が街中にいても全く感じられないのである。これは今も不思議に思うことである。要するに、カナダという国家は何を糧にメシを食っているのか。

②ホームステイ先には20歳の一流大学に通う女の子と17歳の高校生の男の子がいるのだが、私が理科系出身だと言うこともあり、数学を教える機会が何度かあった。当初は英語圏の一流大学生にいくら理科系とはいえアジア圏の三流大卒の私が数学を教えるなどとんでもない、微分なんてすっかり忘れたぞ、とビビっていたのだが、その宿題のレベルを見て驚いた。日本で言うと中学3年生でも解けるレベルの問題に頭を抱えているのである。また高校生の男の子には日本の中学2年生のレベルの数学を教えたのだが、分数の加減乗除はおろか九九すらも怪しいというレベル。「1.5÷2」を計算するのに計算機を使おうとする始末である(彼のカナダ国内でのレベルは知らないが)。よく言われることであるが、日本の高校までの基礎教育のレベルは極めて高いと痛感した。ただ、歴史や哲学など所謂Liberal Artsについてはかなりしっかり学んでいるようで、極東の我が国の歴史などについてもかなり正確な知識を持っていた。学問の力点の置き方が違うのかもしれない。

③こちらで全く買い物をしなかったものの、ノートやシャーペンの芯などの学用品は少し購入した。驚いたのは品質の悪さである。日本にいるときは、学用品の品質なんぞ気に留めるわけもないのだが、こちらではそうも行かないのだ。特にヒドイのがシャーペンの芯。容器があまりにも雑に作られているため(プラ型の作りが酷いようだ)、芯が蓋から出てしまい筆箱がシャー芯だらけになる上、芯の直径の精度が低く、ボキボキ折れまくるという代物(シャーペンの芯はマイナス公差で出来ているはずだがマイナスへの振れ幅が大きすぎるようだ)。シャー芯の消費量はすさまじいものとなった。日本ならクレームの嵐、即刻回収となるだろうに。

こんなカナダだが、一人当たりのGDPは日本を上回る(加$40,010 vs 日$38,930。"The Economist"より)。なんと悲しすぎる事実であろう。確かにOECDやG8のメンバーであり世界で最も裕福な国の一つに数えられる国ではあるが、私という歪んだフィルターを通ったとはいえ、①~③の事実から、何故この国に日本が負けるのか理解できようか。確かに天然資源や広大な国土に恵まれたカナダと、カナダの4%弱と狭く天然資源にも恵まれない国土に、4倍の国民がひしめきあう我が国とでは、そもそものポテンシャルが違う。生きるために必要なエネルギーや食料を海外から購入しなければならない日本と、それらを輸出できるカナダ。同じ労働量/効率でどちらが余裕のある暮らしが出来るか、答えは明白である。だがしかし!歯がゆい、悔しい、情けないといったネガティブな感情がミックスした気持ちになる。

米ドルと同じレートになったカナダドル、カナダ経済は好調だとのこと。一方、我が国日本。GDPの順位は凋落し続け、国家財政は破綻寸前、一刻の猶予も許されない時期にあるはずなのだが、政権を担い半年が経つビジョンを示せない首相や、「もはや経済は一流と呼ばれる状況ではない」とまるで他人事の発言をする大臣にも怒らない日本人。国家の行く末を市民自らが考え統合させ、意思を決定する民主主義のシステムは日本人が扱うには重すぎるのか。

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と、悩んでいるうちにトイレに行きたくなってきた。兎に角、さよなら、Vancouver!
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# by SONZUKA | 2008-03-15 08:57 | 日々雑感

Paris(3/3~3/6)

3月3日にLondonはSt. Pancras駅からEuroStarに乗って、ドーバー海峡を越えParis・Gare du Nord駅に向かった。超特急EuroStarの窓から見るFranceの光景は「フランスってやっぱり農業大国なんだ」と痛感する広大な畑がParisまで続く。

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今回、New York Cityこそがベストと旅を企画し、LondonはHeathrowを降り立ち地下鉄に乗った直後からLondonがMy Bestの座を乗っ取った訳で、Parisには正直言って深い思い入れが無かった。これは旅行後も変わらない感想である。

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旅行前はParisが一番美しくFashionableな街、かつ美食の都というイメージであったが、到着直後から丸三日間街中を徒歩で歩き回り、地球の歩き方を一応制覇した(自己評価している)結果、New Yorkほどエネルギーに満ちあふれているというわけではなく、Londonほど洗練されている訳でもなく、なんだか中途半端なイメージとなった。Londonは行くところ全て繊細かつ小綺麗なイメージがあったがParisは観光スポットや著名な大通りを除けば大して綺麗なイメージを持てなかった。地下鉄はNew Yorkより汚かったし。

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また美食の都なので、グルメを思い切り堪能すればParisの印象も変わったのかもしれないが、無職が今後二年以上続く予定の私にとってこれ以上の散財は不可能であり、街のビストロ的なところで夕食を摂った。これはまあまあ美味しく、費用対効果の面でも納得できるものであった。特に牡蠣が美味かった。

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というわけで、2週間にわたる旅行の最後の山場であるParisでは牡蠣が美味かった、という印象しか残らず残念である。まぁ2週間巨大かつ壮麗な建造物や見知らぬ文化に触れ続けた私の受容体に耐性が出来てしまった(いわゆる「タキフィラキシー」というヤツですな)のかもしれないが。ということでこの旅行記はくれぐれも参考にされることの無きように!(まぁ誰もしないでしょうが…(´。`))

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# by SONZUKA | 2008-03-06 11:03 | 日々雑感

London(2/29~3/3)

2月28日、19時にJFKを起ち、翌朝早くLondonのHeathrowに降り立った。当然Londonといえば、The Beatlesである。早速地下鉄に乗りAbbey Roadに行き、世界で一番有名な横断歩道で例の写真を撮影した。

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Londonの滞在は丸三日、しかもそのうちの一日は諸事情で観光地巡りが出来なかったため丸二日しか無かったものの、精力的に歩きまくり、地球の歩き方に掲載されている観光地は一応概ね訪問できた(つもり)。何しろ地下鉄に乗るのに7~800円もするので、貧乏な私にはひたすら歩く以外の交通手段は無かったため、晴天に恵まれて本当に良かった。

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旅行の前はとにかくNew Yorkに行きたくて、London、Parisはどちらかというとプラン拡大に伴って付加された街であったため、Heathrowを降り立ったときJFKの時ほどの興奮は感じなかった。まぁ朝早かったと言うこともあるのかもしれないが。そんなLondonだが、結論から言うと、Londonが今回の旅行で最も感動した街であった。大英帝国の歴史の重みや伝統を感じさせる重厚な街であるのにもかかわらず、古さが全く感じられない。重厚な街にLivelyな人々の生活が息づいている街、そんな印象を受けた。

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イギリスというとかつての大帝国だが、覇権の座を米国に譲り今は斜陽にある老国家、イラク戦争では(日本と競って)アメリカの○ツを舐めた国、大した産業も無くCityでの金融と北海油田の石油で生計を立てているのか?、しかもメシがマズイ、イケてない国というのが私の渡英前のイメージ。ポジティブな印象は良いスーツと靴メーカーがたくさんあり(笑)、BeatlesやEric Claptonなどを生み、Rock musicではアメリカと覇権を争っている、程度でしかなかった。せっかくNew Yorkにまで行くのだし、近くのLondon(決して近くはないのだが)に寄ってるのも悪くはないか、そんな気持ちでItineraryに付け加えたのがLondonである。まぁAbbey Roadに行ってAbbey Road Studioを見て横断歩道で写真を撮りたいとは予てから思っていたのだが。要するにLondon=Beatlesと靴、が私のイメージで、まあボロクソである。

イメージとは恐ろしいもの。Heathrowを出て最初に向かったのがAbbey Road。地下鉄の窓から見えるLondon郊外の美しさにまず心を奪われてしまった。地下鉄の駅も列車も日本と同じく機能的でありながら独特の重厚感とPopなセンスが感じられるもの。Abbey Roadの最寄りであるSt. John's Wood駅を降り、Abbey Roadまでの街角の美しさ。普通の人たち(住民はもちろんRichな方々でしょうが)の生活の息づかいと歴史と伝統がこぎれいに見事に同居している街であった。私の興奮は一気に高まったことは言うまでもない。

この美しさは何もAbbey Road周辺だけではなく、London市内をかなり歩き回ったがどこに行っても同じように美しい。これには本当に参った。New Yorkのセントラルパークに行ったときはその大きさに驚き、春か初夏に来れば緑が綺麗だろうにと思ったが、LondonはRegent's Parkでは背後に見える重厚感ある美しい建物と(緑はないものの)豊富な植物と水辺の配置、息づく動物たち、ランニングや散歩をする人々が織りなす美しさにただただため息であった。こんな公園が近所にあれば毎日ランニングするのに、である。

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またLondon人のオシャレなこと。若者だけではなくオジサンもオシャレ。寒いにも関わらずこざっぱりとシャツとニットのベストを着て短めのピーコートかツイードのジャケットを羽織り、ジーンズと革靴をはく、というオシャレさんをたくさん目にした。London人は食より酒に興味があるようで、街の至る所にイケてるPubやClubがあり、18時を回ると店の外まであふれ出し立ちながらビールをグビリとやるのがLondon人の典型であるようだ。これも酒好きの私にはたまらなく魅力的であった。

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ただ、難点を挙げるとすると、食事がマズイというステロタイプな評判はやはりTrueのようである。もちろん、代表的なイギリス料理であるローストビーフやFish&Chipsは食したが、可もなく不可もなく、という感じ。「Londonで一番美味しいのは中華街の中華料理」というブラックジョークがあるようだが、Londonの中華街は決して大きいものではなく、むしろLondonのレストランで主流なのはインド料理であるとキメ打ちしたい。インド料理のレストランの軒数が尋常ではなく多いのである。今回の旅行で私の中で移住したい街ランキングの堂々一位に輝いたLondonではあるが(笑)、仮に実現させたとしても美味い物好きの私にとって食事の問題は何とかクリアさせる必要がありそうである。自分で料理する以外なさそうなのだが料理の出来ない私にとってはなかなか障壁が高い。もちろん第一の問題はFinanceだが。
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# by SONZUKA | 2008-03-03 03:34 | 日々雑感
VancouverのFlight Centreという旅行会社の前を通るたびに気になって仕方がなかったのが航空券の値段を示す看板であった。看板には「Tokyo:$ 000」「Sydney:$ 000」というRoundtripの航空運賃が示されてある。その中にはHong KongやTrontoなどに混じり当然、New YorkやLondonなどかつてより憧れてやまなかった都市の名前もあり、それを見るたびに、今自分はVanvouverに居り、しかもここはアメリカやヨーロッパの近くなのだと感じ、機会を設けてLos AngelesかNew Yorkに週末を利用して行って見たいな、と思っていた。

ところがひょんなことから、ちょっとしたお出かけが本格的な旅行へと大幅に企画変更となった。2月23日にVancouverを起ち、NYC→London→Paris→NYCと欧米三カ国を巡り2週間後の3月8日にVancouverに帰るという大旅行になってしまった。飛行機のチケットのみを購入して、気ままに旅行するというのはパック化された旅行会社の商品を買うのとは違い、出費がかさむ。なによりも語学学校を2週間休んでいくという、本来のVancouverに来た目的を無視してしまうことに若干躊躇はしたものの、2週間の気ままな旅行は人生最初で最後かもしれないと自分を納得させ、決行させた。

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New Yorkと言えば文化やスポーツ、経済の当に世界の中心であり、音楽好きはNew Yorkと聞くだけで、それぞれ特定の音色を思い浮かべるだろう。もちろん私にとって、New Yorkとは現代音楽のメッカであり、New York Soundと聞くだけで腰が疼き目がハートになる当にあこがれの街である。「Cool」という言葉が何よりもどこよりも似合う街。街を歩き空気を吸うだけで少しだけCoolになれるのではないかと妄想していたのだ。

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実際、丸五日マンハッタンの同じホテルに滞在し、北から南まで歩き尽くし、地球の歩き方に載っているめぼしい名所はほぼ制覇してしまった。おそらく80km近くは歩いたのではなかろうか。自由の女神、ハーレム、ウォール街。WTC跡地、セントラルパーク、国連本部。Madison Square GardenでNew York NicksのNBAの試合を見、ハーレムのソウルフードのレストランで黒人達と食事をし、Peter Luger Steak Houseで名物T-boneステーキを食べ(二回も!)B.B.King Blues Club&GrillでSteelin' Danというシニカルな名前のSteely Danのコピーバンドを楽しんだ。初日の夜JFKに着き、New Yorkの夜は怖いのでバスを使おうかそれとも地下鉄にチャレンジしてみようかと逡巡していたのが、最終日にはそれが嘘のように当たり前の顔をして黒人に混じり地下鉄に乗れるようになった。

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お世辞にも親切だとか綺麗だとは言えない街。古い建物を壊さないで活用している点は日本も見習うべきだが、道路の舗装はボコボコ、街はゴミだらけ。地下鉄の表示は不親切、店員の接客態度は酷く冷たい。電話を掛けようと公衆電話に行くと25¢しか入れられない電話機で1ドル入れろと請求され、25¢コインを四枚入手するのに一苦労する街なのだ。かゆいところに手が届く日本に住む私には「?」がグルグルアタマを巡る、そんなNew Yorkだが、強く印象に残ったことを二つ、備忘録的に書いてみたい。

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①初日、JFKに20時に着き、ホテルに入ったのは22時過ぎとなったので、夕食を摂ろうとホテルの隣の日本料理屋で軽くすましてしまおうと考えたのだが、23時で閉店となってしまうとのことなので、ホテルのクラークに勧められた日本食レストランに向かっている途中、「Jazz」という看板を発見、覗いてみると23時からステージが始まるという。「Jazz Standard」というClub。

DrummerがLeaderでBass、Piano、PercussionとSax、Trumpetという理想的な編成のバンドだったので入ってみることとした。客の入りは8割弱と言ったところで、老若男女がごくごく自然体で音楽と食事を楽しみに来ている雰囲気がとても心地よいClubであった。ステージ真横の席には老紳士が陣取っており、渋いClubに華を添えていた。演奏が始まり、飛行機での疲れと空腹で飲んだアルコールが触媒となり、当に最高の気分。数曲終わったところでバンマスであるDrummerがマイクを取り、スペシャルゲストを紹介した。そこで出てきたのがステージ真横の老紳士である。足下もおぼつかないその老紳士は、同伴の女性に支えられながらよたよたとステージに上がり、愛用のTenorSaxを重そうに首につるした。そこで始まったのがスローテンポのバラードであった。その柔らかな音色、濃厚なフレーズ、大きなリズム。

老成とか熟達とか円熟とか、日本語で説明が出来ないのが悲しい限り。やはり現代音楽は欧米人の文化なのだ。日本語で説明できないのだから。英語を借りて説明するとCoolの一言で事足りる。当にCoolという言葉以外に適した表現が見つからない。このバラード以外にもアップテンポの曲を若いメンバーと共に演奏してステージを降りたこの爺さんは当にCoolであった。こういった年のとり方をしたいと痛感した夜だった。

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②マンハッタンを北から南まで歩き尽くしたので、旧所名跡をスポット的にバスで巡るパッケージ化されたツアーでは味わえないDeepなNew Yorkを体験できたと思う。New Yorkは人種のるつぼ、という表現はベタすぎて使いたくはないのだが、当にその通り。あらゆる人種が蠢いていた。それがNew Yorkの活気の源なのだろう。BroadwayもHarlem、Wall Street、China Townも活気に充ち満ちていた。確かに活気に満ち溢れてはいるのだが、よそ者の私には何となく排他的というか、他を受け入れない雰囲気があった。何となく緊張感も感じた。渡辺美里の「Flower Bed」というアルバムの「冷たいミルク」という曲に「一年のここの暮らしにも何とか少しは慣れてきた」という一節があるのだが、本当にNew Yorkの暮らしに何とか慣れるには1年くらい掛かるかもしれないと思うほどである。

3月6日にParisのCharles de Gaulle空港をNew YorkのNewark空港に向けて出発したのだが、飛行機はインド発Paris経由Newark行きのAir India便であったため、インド人だらけ。しかも殆どがインドからの乗客であるようで皆疲れている様子であった。私の隣は足が悪いインド人の老婆で、リウマチが原因なのか、膝の手術をしたと私に傷跡を見せてくれた。インド人でしかも老婆なのに英語が話せるんだ、と感心していたら、飛行中はその老婆に今何時だ、あと何時間で着くのか、今はどの辺りを飛んでいるのか、など質問攻めにされた上、老婆が動くたびにテーブルの収納を手伝ったり機内食や水を手渡してやったりとほぼ付き添いの介護人状態。やや閉口気味だったのだが、これも何かの縁だろうと割り切ってお世話をすることにした。

ようやく着陸が近づき、ふと老婆を見てみると、彼女は窓から大人しくNew Yorkの街をじっと見つめていた。静かになってこりゃ幸いと思ってビデオを見ていると、老婆の質問が始まった。「今はどの辺りか?」「New York上空です」「ここで降りるのか?」「そうです、終点ですから」「空港では何を見せればよいのか?」「入国の紙とパスポートです」。ふとパスポートを見るとそれはアメリカのパスポートだった。彼女はインド系のれっきとしたアメリカ人だったのだ。そりゃ下手ながらも英語が話せるはずである。この老婆はおそらくインドに里帰りをして、その帰りであったのだろう。当に「人種のるつぼ」の中の一人であったのだ。

そのアメリカのパスポートを見てから「老婆は若いころ希望を抱いて祖国を出たのだろう。どこかよそ者を受け付けない雰囲気のあるNew Yorkで色々辛いこともあったに違いない。それから数十年経っても英語もままならない老婆はおそらく異国の地・米国の狭いインドのコミュニティーで人生の殆どを送ったに違いない。この老婆にとって最後の里帰りだったのかもしれない。今どのような気持ちで眼下の街を眺めているんだろう」と勝手に想像力を逞しくしてしまい少し悲しい気分となった。Vancouverに来た当初、単純に海外に移住することに憧れたりしたが、祖国を離れ異文化の地に暮らし生涯を終えることが如何に困難か、祖国の存在が如何に自分にとって大きなものかを強く認識した出来事だった。

(写真は順不同です…)
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# by SONZUKA | 2008-02-28 06:42 | 日々雑感

お馴染みのMy Resolution

(Vancouver Public LibraryのそばのBlenzにて。YouTubeでMarcus Miller - Live Under The Sky '91のライブを見ながら)

今は21日のちょうど16時である。早いものでVancouverに来て丸二ヶ月が経過した。Vancouverでの生活は残すところ10日弱となった。改めて考えると30を過ぎて会社を辞め、三ヶ月も海外で語学留学をするとは贅沢の極みだと思う。

肝心の語学の方はというと、やはり楽器やダイエットと同じく、三ヶ月ばかりではどうにもならないと言うことを痛感した、というのが主な成果となりそうなのが悲しい限り。先生が教室の中でNativeのスピードで話す英語はほぼ正確に聞き取れるようになったが、Discussionの中で流暢に自分の考えをアウトプットできるレベルにまで到達させるには、気の遠くなる努力が必要となりそうだ。日本語話者が全く異なった言語系統に属する英語を話すというのはやはり相当な努力が必要なのだ。

これは韓国人においても同様で、英語に掛けるコストと時間は日本人の想像を絶するものがある。高麗大学など韓国の超一流大学では十年ほど前から授業の半分以上を英語で行い始めたのに従い、高校での英語熱は高まる一方だとのこと(大前研一によると)。しかも、就職においてはTOEICでのハイスコア(800とか900とか)が必要条件になっているらしく、私の通う二つの語学学校では半数以上が韓国人である。カナダが二カ国目の留学で1年間滞在する予定です、なんていう強者(?)も珍しくない。一人当たりのGDPが半分程度の韓国の人たちにとって英語に対する投資はかなり大きいと言える。また次期大統領の李明博が小学校から全ての科目を英語で教えるという打ち出しているとのことで更に拍車が掛かるだろう、との韓国人の友人談である。

こと英語についてはすでに韓国に大きく後れを取っている日本だが、果たして日本がこういった政策を採るべきか。英語のエスペラント化はビジネスにおいても学問においても一層進んでいる。それに加えインターネット上の情報の9割は英語であるという。今やネットを使いこなす能力はごく当たり前のリテラシであるから、ビジネスや学問とは無縁の人たちにとっても英語はエスペラントとなった。

しかし海外で一年間ホームステイをして語学を学ぶというのは時間とカネの浪費であろう。学費と生活費で300万円程度の費用を海外で支出した上、貴重な一年間を語学と遊びに費やすというのは一個人においても国家にとっても大きすぎる代償である。国民が英語を使えるようになるために必要な教育を国内で提供する方法を考えるべき時期はとうに来ているのかもしれない。

自分の現状を棚に上げて書き連ねてみましたが、それだけ英語習得は重要で大変だということ。帰国後は毎日15分のNHKラジオ講座を【継続する】ことから始めよう。このお馴染みのResolutionをブチ上げるのはこれを最後にしたいものである。
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# by SONZUKA | 2008-02-22 09:04 | 日々雑感
なぜ休眠ブログをアップすることになったかというと、タイトルの通り、ギターという楽器の難しさを痛感したからである。

最近私は、仕事が暇で毎日早く帰宅する。読まなくてはいけない本は膨大にあるし、勉強しなくてはならない身なのだが、ようやく落ち着いてきたのでつかの間の休息を味わっており、いつものようにビールを飲みながらCDを聴いていた。最近年のせいか昔聴きあさったCDがやけに懐かしく、頭を離れないのがEaglesである、お恥ずかしい(ブログを書こうとパソコンに向かえば書くネタは色々あるのだが)。音楽的に退化している私なのだ。

さて、Eaglesと言えば過去にも書いたとおり、卓越したギターバンドというのが私の認識である。Eaglesでギターといえば私にとってJoe Walshではなく、もちろんGrenn Fleyでもなく(笑)、Don Felderなのであるが彼は脱退してしまった。ググると彼はギャラで揉めたらしく、しかも石原真理子バリに暴露本を出したと言うから哀しい限り。久しぶりにかの名盤「Hotel California」を聞いていたのだが、Don Felderのロックギター史に燦然と輝く(と私が評価している)「One of these nights」のライブプレイを聞こうとYouTubeで検索したところ、2007年のツアーのビデオがあったのでそれをクリックした。

ま、オチは分かる人には分かると思うが、ギターがあまりにも酷いのである。下手なのだ。Don Felderのプレイをコピーさせられる本当は上手いであろうDonの後釜(名前は知らない)が一番の被害者なのかも知れないが(笑)、Donのプレイを他のギタリストが弾けるわけ無いのである。ボーカルがDon Henleyから交代したくらいの違和感があるのだ。

Eaglesのドラマーといえば、素人並の腕を持つ(笑)Don Henleyなのだが、彼は賢明なことに最近ライブでドラムセットに座ることは少ない。16をガシガシ刻める「プロ」に叩かせている。Don Henleyがセットに座るときはつい運動音痴の我が子の徒競走を見つめる親馬鹿の心境となってしまうが、プロが叩くライブはバンドのグルーブは安定感抜群である(笑)。また、BassがRandy MeisnerからTimothy B. Schmitに変わったことに違和感を感じる人はそうはいまい(マニアを除いて)。

ただ、ギターという楽器はそうはいかない。ボーカリストが変更したのと同じレベルの違和感を感じさせてしまう。これだけコンピュータが発達した今でもギタープレイをコンピュータで再現することは出来ない。何故か。

肉声の唄と同じ要素が強いからだと私は考える。例え同じフレーズを譜面通り弾いても唄にはならないからだ。

グルーブから外して微妙に突っ込んだり溜めたり。ピッキングを変えて金切り声をあげたり甘くささやいたり。強く歪ませたり生音で弾いたり。チョーキングでベンドのスピード、タイミングを操り自己を主張することもできる。ビブラートだけでそれと分かるギタリストもいる。ここまで表現法が多彩な楽器はギターの他にはない。同じフレーズを弾かせてもギターという楽器が何故それぞれ違う唄を歌うのかの理由はこの表現方法の多彩さにあるのだ。だからこそギタリストには他の楽器奏者より天才やOne&Only playerが多い。バンドの不幸の多くはここが原因で発生する。Eaglesもその一つだと思う。

Don Felderの後釜君ももちろん巧い。ただ、ギターソロの完コピを観るのは素人バンドだけでたくさんだ。彼の粘っこい野太いプレイを聞ける日が来るのだろうか。
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# by SONZUKA | 2007-10-18 22:08 | 音楽

コロが死んだ日

昨夜遅くに機嫌良く帰宅してメールをチェックすると、母親からのメールのタイトルを見て毛穴が開くのが分かった。

「コロ重体」

コロとは実家の12歳の老犬(♀)のこと。
その日の朝まで元気で通常通り散歩に行き、夕方の散歩に行こうと母が庭に出たとき、コロがうずくまっているのを見たそうだ。父と何とか毎月お世話になっている動物病院に連れて行き、診察してもらったとのこと。足から採血しようと注射を刺すが、血が吸えないんだと。下肢に血液が循環していない状況で、今夜が山であろう、というメールであった。
そして今朝実家の母に電話をして少し話した後、近所のパン屋でパンを買って帰ってきたら携帯にメールが入っていた。「駄目だった」と。電話直後に病院から逝ってしまったと電話が入ったのだそうだ。

コロは私が浪人の時、買い始めた紀州犬である。大人しく、賢く、優しく、そして美しい犬であった。当に家族の中心であった。私は大学から一人暮らしをしていたので、たまに帰省したときが彼女と過ごす時間であり、実家の家族と比べるととても少なかった。

人が生きる上で乗り越えなければならない諸々の苦しみに「愛別離苦」がある。中学の時の宗教の授業で習った仏教の四苦八苦の一つ。他の四苦八苦は覚えていないがこれだけは頭に残った。この言葉を思い出す度に締め付けられるような気分になる。たまにしか会わない実家の飼い犬との別れがこれだけの苦しみを与える。人間というのは哀しい生き物だ。

「別れるのが苦しいから会わない方が良いのだ」というネガティヴ極まりない考え方を真っ向から否定する言葉が見つからない心境。

「犬なんか飼うから悲しい思いをする。だから犬は飼いたくない」という考え方を否定する言葉が見つからない。でもこれは「人は何故生きるの?」の問い、人類永遠の命題に答えるくらい難しい。何故なのか私には分からない。

彼女が私たち家族に暖かい幸せをくれたこと、彼女が好く生きたこと。私に分かるのはこれだけだ。
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# by SONZUKA | 2006-12-03 17:46 | 日々雑感

冷たいミルク

大学の頃、それこそ音楽で目覚め音楽で寝入る日々を続けていたときには「音楽への情熱」が完全にすり減ってしまったサークルOBとの生ぬるい会話を唾棄していた私だが、今の私はベースを抱えることも殆ど無くなってしまった。週末に少しつま弾く程度。お恥ずかしい、何のことはない、唾棄していた彼らになれ果ててしまったのだ。
かと思えば、路上で演奏するミュージシャン達を街を歩いたときに目にするとき。RockでもJazzでも構わない、思い思いの曲を演奏する彼らを見る度に何故か居たたまれない気分になりその場を足早に立ち去ってしまう。この屈折した気持ちってなんなんだろう。こんぷれっくす?

何か新しい生活を求めているのかも知れないな、と自己分析したりして。

というのは、最近の私のヘビロが渡辺美里の名盤「Flower bed」の「冷たいミルク」であるからだ。この曲は、かの「岡村ちゃん」こと岡村靖幸が作曲したのだが、私が惹かれているのは美里が書いた歌詞なのだ。

「Flower bed」と聞くと、音楽ファンは贅沢に使われたミュージシャンを思い出すだろう。私ももちろんその一人。本当はパイナップル ロマンス」を目当てに購入したのだ。Jeff Porcaroの三大8ビート曲(と私が勝手に評価している)この曲を聴くために。

ところが最近の私の心を捉えてはなさいのは「冷たいミルク」(まあVinnie Colaiutaがドラムなのだが)。私は詩とか文学的表現に疎いので、音楽においても詩に注目して聴いたことがなかった。歌詞カードをじっくり見て想いにふけるなんていう高尚な趣味を持ち合わせていないのだが、この曲の歌詞は何故か私の心を捉えてしまった。

何のことはない、日本(トーキョー?)に住む恋人と別れてニューヨークで働く男の話。
眠らない未知の街で人波にもまれて送る日常。心には「きみ」が付いて離れない。そんな情景を詩にしているのだが、その孤独感というか満たされ無さ感(?)を「背の高さほどの冷ぞう庫」から取り出して飲み干す「冷たいミルク」に託しているのだ。この感情を演奏・アレンジも実に見事に盛り上げる。少し深めに効かせたリバーブ。淡々とDのオンコードを鳴らすシンプルなベースライン。弱い日光が照らすゴミゴミした大都会・New Yorkの孤独を見事に表しているSax Solo。歌詞が「静」のときはハーフタイムで刻み「動」に移ればシンプルな8ビートを叩くリズムアレンジ。この曲の持つ情景を演奏が見事に表現している。心寂しい冬を迎えようとしている今の季節に何となく合うのだ。

歌詞と演奏についてあれこれ考えたことなど無いのだが、この曲だけは聞くたびに自然に作者達の想いがすぅっと理解できた。

作者達が優秀だからか、それとも私の現在の心理状態がそうさせるのか。いい歳して困ったものである。
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# by SONZUKA | 2006-11-03 23:20 | 音楽と日々雑感

サンデープロジェクト

(政治の話題は避けたいのだが、劣化著しいこの番組について一言だけ。)
日曜朝、家にいるときは習慣でサンデープロジェクトにチャンネルを合わせるが、それにしても今週は酷い内容だった。ワイドショーと同じレベルで、時間の無駄と言った感じ。まぁ熱心に見ているわけではなく、コーヒーを飲みながら新聞とネットを見て、ついでにテレビを付けているだけなので、「時間の無駄だ」と怒るまでもないのだが。

少し前までは、「民放に政治家が出て司会者が台本に無い質問をし政治家の本音を探る」という手法が斬新であったが、今や完全に賞味期限切れである。どのテレビ局も朝のワイドショー枠で知性レベルの怪しい司会者とパネラーが政治家と「お話しする」という番組を作っている今、この番組を敢えて見る意味が無くなってきているようだ。それにしても今回は酷い。つまらないし内容がないし。

①小沢一郎氏
小沢氏 「今までの制度・仕組みが破綻し掛かっている。小手先の改革では対応できない。民主党はこれらを一新する。これは自民党にはできないことだ。」
質問  「(地方の疲弊についての議論で)税源の地方への移譲をすると言うことか?」
小沢氏 「今の地方自治法では無理だ。(中央に集まった富を地方に分配する、それは今まで官僚主導であったが政治主導への流れを作る、ってな主張か?)」
この後の質問は無し。「小沢ビジョン」なるものについては全く触れずじまい。この小沢氏の矛盾についても触れず。結局民主党が何を指向しているのかは全く分からない。自民党以上に政策が見えない最大野党が政権奪取を狙っているんだと。不思議だ。私はHowとWhoが無い主張に飽き飽きしている視聴者のひとりだが、Whatまでも欠如している彼の主張をどう受け止めればよいのか。極めて難題である。
(私なりに解釈すると、田原氏を初めパネラーの殆ど全てが小沢氏(および民主党)の持つ政策に興味を持たない、ということになる)

②加藤紘一氏
田原氏「家を焼かれたことをもっと利用すればよい」との発言が複数回なされた。これには本当に吃驚。加藤氏の実家に火を付けた人間は、暴力により政治家の言論を封じ込め行動を変えさせようとしたのだが、田原氏はこの加藤氏の被害者としての立場を政治的に利用することを提案した訳である。彼がテレビで発言する知性を果たして持ち合わせているのか疑わざるを得ない。数多ある彼の「マスコミ論」に関する著書をもう一度読んでみたいと思わせる発言であった。

③谷垣禎一氏
折角支持率が上がりつつあるのに話の半分が靖国と先の戦争についての歴史観を問われている。今後総理になって国をどうするのかの考えこそが最も求められるべきで、歴史観というのはそれを補完する要素の一つにすぎないのだが。気の毒である。

④「安倍政権を解剖」コーナー
やはり靖国と国防についての「神学論争」に終始。「共産社民と菅直人」VS「自民公明」でこの話題をして、視聴者として何を判断すべきなのか。何を提供しようとしているのか。「安倍政権を解剖」とのタイトルは正に羊頭狗肉、全く無意味な議論であった。もういいよ。

一言で言うと、②の田原氏の発言が彼の知性のレベルを明らかにした、ってのが最大の見せ場であったのが悲しい限り(笑)。

テレビが持つ力は未だに大きい。が、テレビから得られるものはどんどん少なくなってきている。となるとテレビは何を求めるのか。何に活路を見いだすのか。先の戦争で果たした新聞の「役割」をもう一度考え直してみたいものだ。
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# by SONZUKA | 2006-08-20 12:02 | 日々雑感
クダラナイ話です。

昨日大学時代の友人と久しぶりに門仲で呑む機会があり、お互い音楽好きなので2次会として以前から気になっていたソウル・バー(ソウルミュージックを聴かせるショットバーを意味している)に行った。

結論から言うと、これが酷い店。

①スピーカー;とても「音楽を聴く」為のスピーカーではなく、BOZEのモコモコスピーカーであった。低音域のみ強調されミュージシャンが何を演奏しているのかサッパリ分からない。聞こえるのはベースとバスドラのみ。
②客層;音楽を酒の肴に呑んでいる人は皆無。従って「オサレ」なショットバー的な使い方をされていた。決してオサレでは無い店なのだが。
③店員;音楽を知らない。好きではない様子。「この店はどんな音楽を掛けるのですか?」との質問に「ブラックミュージックです」というザックリした解答。これは、日本料理を食べに行って「この店はどんな料理を出すのですか?」との質問に「魚とお酒です」という解答くらいのザックリ感。
④音楽;基本的にはレコードを置いているのだが少なすぎる。選ぶのが大変。一応、マリーナ・ショウのかの名盤を掛けて貰いましたが。

これじゃ、②客層≠音楽好きの筈である。考えてみると「音楽を肴に酒を飲める店」って殆ど無いですね。アルコールで撹拌された脳で聴く音楽の楽しみって他に変えられない幸福感があるのだが。私の父は私が幼い頃、近所のジャズ好きの友人を家に招いてグラスを傾けながらジャズをJBLで掛けていたが、その幸せが今になってよく分かる。こういったサービスを提供する店がほとんど無いこの国には音楽が文化的に根付いていない証拠だと思うのは私だけか。「雰囲気を楽しむ」、「踊るBGMとして使う」、「耳が寂しいから鳴らす」…。これ以上の音楽の使い方って無い物でしょうかね。寂しい限りです。
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# by SONZUKA | 2006-07-20 22:44 | 音楽